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海なし県民、自転車で福井へ

「青春の思い出は?」という質問があったなら、一番初めに浮かぶのが見出しの通り、自転車での福井旅です。痛みと苦しみ、劣悪な環境と何よりこんな旅行を企画した自分達への怒りが凄かったので、事の一部始終をハッキリ覚えています。僕達のようなバカの参考になれることを願いながら、思い出を文字に残そうと思います。

ライター/清水

そもそも何で自転車?


事の発端は、高校3年生のある冬の真夜中、僕が地元の友達に「できる限り北へ行ってみよう」と言ったのが始まりです。自転車で知らない街へ向かうことが、当時地元の友達グループの流行りだったのと、単純に北に何があるのか知りたかったから誘いました。同い年8人で構成されるグループの中で、行くと言ってくれたのは2人だけでした。適当に準備をして、寝てる親にバレない様にこっそり家を出て…。跨った自転車で、心地良い風を切りながら走る暗闇は青春の匂いそのものでした。

そのまま夢中になって漕ぐこと4時間、寒すぎる森の中で気持ちも冷めてきたので引き返しました。疲れ果てて帰ってきた後、どこまで行けたのか確かめたところ、出発地点から3つ目の市内でした。まだ県内だったことに腹が立ったものの、もう少しで県外に行けることも分かった時は嬉しかったです。「…これもう少し頑張れば福井いけるんじゃね?」という邪念を足りない頭で形にしたのが、この福井自転車旅になります。

命の危機、火を吹くママチャリ


桜が散り終えた4月、出発の日になりました。丁度良い気温に騙された4人のメンバーと、完全に日が落ちたタイミングで出発しました。どんな旅行も最初は楽しいもので、和気あいあいとした雰囲気のまま自転車を漕ぎ続けます。多少の疲れと、味わったことのない尻の激痛を誤魔化しながら、あと一歩で福井県に入るところでアクシデントが起きました。

唐突ですが柳ケ瀬トンネルをご存知でしょうか?滋賀県と福井県を繋ぐ一方通行のセンサー式信号付のトンネルです。普通車一台分程の幅しかない激狭トンネルで、対向車とは絶対すれ違えないため信号が付いています。自転車のみで通行(ほんとはダメ)すると、前方からの車に轢き殺されるため、僕たちは考えた末「車の後ろについて渡ろう!」という結論を導き出しました。こちら側から渡る車が信号に引っ掛かったので、すぐさま駆けつけ窓ガラスをノック。「後ろついてくからゆっくり走って」とお願いする友人、無言で窓を閉める運転手、絶望する僕達。しかし青になっても進まないので、これは付いてこいのサインだ!と人の優しさに感動しました。

自転車が付いていけるくらいのスピードで走る車。感動を雑談の肴にしながら走っていると、前の車が突然スピードをあげ、僕らを置き去りにしました。安心も束の間、いつ死んでもおかしくないデスゲームが始まりました。唖然とする間もなく、死を肌で感じた4人はトップスピードで自転車を盛り漕ぎます。通常のママチャリではありえないスピードで駆け抜けるトンネル、前から車が来ないことだけを祈り続け無我夢中で走りました。僕は自転車を漕ぐのが早いので、友の事を心配しながらも置き去りにしました。外の光に包まれ、トンネルを抜けたと分かった瞬間初めて命の重みを感じました。

思い出はプライスレス


ここまでの話を見ると、決して良い思い出には感じませんよね。ですが、仲間内ではこの思い出は凄く良かった思い出なんです。結局のところ、人間辛いことはその時だけで、大抵のことは後から笑い話になるんです。この話にはまだ先があり、福井からの帰り道に自転車が浮くような台風に巻き込まれ、あげく警察署にお泊りする羽目になります。辛いことだらけのこの話ですが、我慢したその先は明るいことが分かりました。事実僕は、お金をいくら積んでも買えない素敵な思い出が出来ました。今後の人生で、台風の中なん時間も走るより辛いことなんてそんなに無いです。なので僕は、これからも強く好きなように生きて行こうと思います。ありがとうございました。